CIJK2023参加報告
堀口修平(Shuhei HORIGUCHI)(東京大学大学院情報理工学系研究科)
2023年6月27日から7月1日に韓国の済州島においてThe 8th CIJK Conference on Mathematical and Theoretical Biology(以下CIJK)が開催された。私は日本数理生物学会の支援を受けてこの会議に参加・発表した。
発表した研究では、免疫系のように細胞集団のダイナミクスが機能を持つような現象を、勾配流の一般化された概念を使うことでモデル化する方法を提案した。分化の一方向性や増殖と分化の協調といった多細胞システムに普遍的な性質は、導出される細胞集団動態の数学的性質として自然と再現される。機能を仮定し、その機能を実現するダイナミクスを導出するのが順問題だとすると、ダイナミクスが与えられたときにその機能を同定するのは逆問題である。具体例として、De BoerとPerelsonによるT細胞の表現系の変化と増殖死滅を加味した免疫応答の単純なモデルは一般化された勾配流で記述できるクラスに含まれており、逆問題を解くことができることを示した。逆問題を一般に解くためにはモデルの自由度が高すぎるため何らかの工夫が必要であり、その点は将来の展望としてまとめた。
この研究はPhysical Review Research誌に掲載されたもの[1]で、数理生物の他にも統計物理や応用数学系の会議において発表している。CIJKにおいては、T細胞モデルの詳細や逆問題に関する質問などが多くあった。例えば、T細胞モデルに少し変更を加えた場合にも一般化勾配流で記述できるのかという質問があった。この点については分化の一方向性などの性質を破らなければ記述可能だが、それらの性質を破った場合には近似的に一般化勾配流となるという結果を説明した。他に、集団動態データから機能を推定するときに一意に定まるのかという質問があり、一細胞レベルの実験データや何らかの制約がなければ一意に定まらないと回答した。
他の発表を聴いて特に興味深かったのはShodhan Rao博士の発表とJae Kyoung Kim博士の発表である。Shodhan Rao博士らはパッチ内での種間相互作用とパッチ間の移動があるようなメタ集団動態を化学反応ネットワークの理論を援用して調べた[2]。種間相互作用とパッチ間移動のそれぞれが単独では唯一の安定平衡点をもつような場合に限って解析しており、パッチ間の移動が均質的な場合はリミットサイクルが、異質的な場合は正の漸近安定な平衡点が存在することを示した。
Jae Kyoung Kim博士らのグループでは、捕食-被食関係のように複数の要素間の相互作用がある系で相互作用のネットワークを時系列データから推定する方法を開発した[3]。状態変数についてその時間微分が単調減少/増加な関数であることのみを仮定するモデルフリーな手法で、一般の時系列データに適用できる。他の因果推定手法と比較して、間接的な相互作用や周期性から生じる誤った相互作用関係を棄却して直接的な相互作用を正しく抽出できることを多くの数値実験で確かめていた。
この会議に参加した所感としては、日本の数理生物学会とよく似た研究発表が多いものの、中国・インド・日本・韓国の学会が一同に介するということで国際交流を盛り上げようという雰囲気があったのが印象に残っている。辛いものが苦手なので食事には気を使う必要があったが、滞在先のロケーションが良く、初の韓国訪問を楽しむことができた。CIJKの企画運営に関わった方々と、渡航支援をいただいた日本数理生物学会に感謝申し上げる。
[1] Horiguchi, S.A. & Kobayashi, T.J. Cellular gradient flow structure linking single-cell-level rules and population-level dynamics. Phys. Rev. Research 5, L022052 (2023).
[2] Rao, S., Muyinda, N. & De Baets, B. Stability analysis of the coexistence equilibrium of a balanced metapopulation model. Sci Rep 11, 14084 (2021).
[3] Park, S.H., Ha, S. & Kim, J.K. A general model-based causal inference method overcomes the curse of synchrony and indirect effect. Nat Commun 14, 4287 (2023).